オランダ発、新しいジャーナリズムメディア「De Correspondent」とは?

オランダ移住に向けて動き始めたところに

2016年5月、私はオランダ移住の下見のため、ライデンを訪れていました。ライデンは江戸時代、長崎の出島で生活したシーボルトが帰国後に住んだ土地です。ライデン大学には世界初といわれる日本学科が設置され、現在も日本とのゆかりが深い土地です。今回のフォーラムの開催については、ライデンの「ジャパンマルクト」で出会った國森由美子さんに教えていただいて参加しました。オランダのジャーナリズムに関心を持って移住しようとする私にとって、このフォーラムは願ってもない機会でした。

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<ジャパンマルクトにて、ライデン大学の学生によるよさこい>

そもそも、なぜオランダなのか

その前に、そもそもなぜオランダなのか、ということについて説明しておきましょう。世界の報道の自由度ランキングという言葉を聞いたことがある方は多いと思います。これは、パリに本部を置く国境なき記者団が毎年示している指針で、今年の日本は72位となっています。オランダは今年2位でした。この指針にどの程度の信頼性があるのかを私自身が調査したことはありませんが、例年、上位の国々と、日本の順位がどのくらいなのか、ということは参考にしていました。オランダは例年ベスト5に入っている国です。また、オランダはOECDの生活満足度の調査などでも高いレベルにあります。こうした観点から、いずれ海外で生活しようと考えていた私は、オランダを選んだのです。

5月にオランダに滞在していた約3週間は、せいぜいテレビでニュースを見る程度でしたが、それでも日本との差異は十分に感じることができました。例えば、ニュースにはヒマネタと呼ばれる季節の話題がほとんどないこと、1時間のニュースでスタジオ部分が50分程度で終わってしまい、残りの放送時間には画面に文字がいっぱいの静止画ニュースとなってしまうこと、さらに、午前7時、午前8時、午前9時とすべて同じニュースが繰り返し放送されていること、など挙げていけばきりがありません。

総じて言えることは、効率的であったということです。オランダ人の友人に聞くと、ニュースが時間ごとに放送が繰り返されるのは、出勤する時間帯ごとに視聴者が変わるからだろうということでした。とてもおもしろい考え方です。

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<オランダの国営放送NOS スタジオのニュースが終わると静止画に…>

これまでのニュースの問題点

さて、日本でのフォーラムは、6月16日に早稲田大学で、6月18日には東京、芝浦のイベントスペース、Shibaura Houseで行われました。私はいずれの会にも参加しましたが、早稲田大学では入場無料ということもあってか、ジャーナリズムを専攻する学生や新聞記者などで大教室がほぼ満席となりました。Shibaura Houseでのフォーラムは有料の事前申込制で定員が設定されていましたが、こちらもウェブメディアの編集者やデザイナー、新聞記者など約40人が集まっていました。

「Correspondent」はオランダ語で「特派員」の意味です。設立者で編集長のロブ・ワインベルグさんは1982年生まれ、アムステルダム大学で哲学を学んだ後、経済紙「NRC Handelsblad」に入社、その後、若年層向けの朝刊紙「nrc.next」の編集長として活躍していました。しかし、先進的過ぎるという理由で新聞社を追われてしまいました。2013年3月、理想としていたジャーナリズムのあり方をクラウドファンディングで示してみると、人口約1700万人のオランダで、約1万9000人から総額約1億4000万円が集まりました。その後、体制を整えて、毎日5本の記事をウェブサイトに掲載しています。日本の新聞各紙には毎朝、数十本、数百本の記事が並んでいることを思えば、たったの5本と思われるかもしれませんが、現在では月額6ユーロの有料会員が4万6000人、FBのフォロワーが14万7000人、月間のユニークビジターは120万人に上っているとのことです。

ロブさんの話の中でも特に印象的だったのが、これまでのニュースの問題点です。実は、私もこの春まで放送局に記者として勤めていましたが、彼のことを知る以前から、同じような問題意識を抱えていましたので、とても共感しながら話を聞きました。日本の報道現場にいる記者も、多くがこのような問題を感じながら仕事をしていると思いますし、さまざまなメディアに接している読者や視聴者からも、同じような指摘が出てきそうです。

 


 

【ロブ・ワインベルグ編集長が指摘したニュースの問題点】

▼ニュースはその日に起きた例外的なことばかりを扱う

しかし、毎日の習慣となっていることのほうが大事ではないだろうか

▼ニュースは問題を表面的にしかとらえていない

記者はニュース枠を埋めることに追われ、調査する時間がないのではないか

▼ニュースはいつも何がいけなかったかを否定的に追求している

社会を建設的な方向に導くためには、どういう報道が望ましいだろうか


 

「De Correspondent」はこのような問題意識から、全く新しいジャーナリズムを実践しています。記者というと物事についてよく知っている、という印象があるかもしれませんが、そのようなことはありません。私の経験に基づいて言えば、記者とは、小学生の夏休みの自由研究を毎日、繰り返しているようなものです。記者の仕事は、取材するテーマについての専門家や当事者に話を聞いて記事を取りまとめることです。ロブさんは「1人の医療ジャーナリストより3000人の医者の方が医療についてより詳しい」と言っていました。記者にとってこれは当たり前のことですが、一般の読者には意外に響く言葉なのかもしれません。

「De Correspondent」の記事を、社会にとってより建設的な議論にするために作られたのが、双方向の「貢献欄」です。記事に対するコメント欄のようなものですが、単なる感想を書き込むのではなく、記事には書かれていない知見や、別の視点を提示するためのものです。日本人としてウェブに触れている私からすれば「荒らし」のコメントが気になるところですが、実名で登録されたメンバーが、自分の専門分野についてコメントするというルールを設けることで、書き加えられたコメントは記事を書いた記者やほかの読者、あるいは社会に対する「貢献」となるのです。

また、担当記者は貢献欄に寄せられた新たな知見や視点に応えて議論を発展させていくことになっています。日本の報道機関では、記者が読者や視聴者に誌面や番組の中で応えることはほとんどありませんが、ロブさんは、記者の仕事の半分は読者とのコミュニケーションにあると話しています。

ジャーナリストは、みんなが集まる建設的な広場における会話のリーダーになり、これからのジャーナリズムは建設的な会話によって集合知を高める作業になる、というロブさんの話は、本当に目の覚めるようなアイデアがたくさん詰まっていて、私も大きな刺激を受けました。このほかにも、例えば、有料会員の読者は記事を自由に拡散できることや、広告が全くないこと、収益の95%をジャーナリズムに再投資することなど、これまでの報道機関にはなかった視点で活動しているロブさんは、次の時代のジャーナリズムの先駆けとして世界中から注目を浴びているようです。

今後の「De Correspondent」は、まず英語版から充実させるということですが、もしかすると日本語での発信もあるかもしれないと話していました。私は9月にオランダに本格渡航する予定ですが、現地から追ってリポートします。