お茶が人気のベルリンで聞いた静岡茶の課題

 

茶業集積都市「静岡市」がベルリンで売り込みをかける

きょう10月27日、静岡市で世界お茶まつりが開幕しました。3年に一度開催されるこのまつりは、世界のお茶を楽しみながら学ぶことができる一大イベントです。世界お茶まつりはすでに第6回を数え、この間にも日本茶の人気が世界中で高まっているように見えます。私のいるオランダや、ドイツ、フランスでも抹茶、煎茶、ほうじ茶の認知度は高まりつつあり、人気も上昇しています。静岡市内の茶業関係者によれば、ドイツのベルリンでは日本のお茶の人気が特に高く、個人経営を含めて20店舗近くのカフェや小売店があるほか、ヨーロッパにおける流通拠点になっているということです。10月9日、この街で静岡市と市内の製茶業者らによるお茶のセミナーが開かれ、私も取材にかけつけました。今回は世界お茶まつりの開幕に合わせて、ベルリンでの静岡のお茶事情をお伝えします。茶業関係者にとっては常識かもしれませんが、消費者として静岡にいるとなかなか見えない、静岡のお茶の課題を探りました。

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<ベルリンの地下鉄はサイズが小さく、どこかかわいらしい>

会場となったのは、ベルリンからヨーロッパ各地に日本茶を卸している「Kyoko」さん。セミナーには、ベルリン内外からお茶の小売店主ら約20人が参加しました。「ティーセレモニー」として知られる茶道の作法や、お茶の淹れ方、飲み方のレクチャーはこれまでにもヨーロッパ各地で開催されていますが、今回のセミナーの特徴は、日本における茶業集積都市としての静岡市を知ってもらうことにありました。今回のセミナーは、静岡市の農業政策課が地場産業であるお茶を盛り上げるために企画しているものです。去年、イタリアで開かれたミラノ万博でお茶の人気が高いと再認識されたことが、今回のセミナーの企画につながっているということですが、静岡市では、行政が茶業を盛り上げることを目的に、ヨーロッパでこのようなセミナーを行うのは初めてだと言っています。もちろん、今回のセミナーが、静岡市のお茶の輸出拡大を目的としていることは言うまでもありません。

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<会場を沸かせた手作りの茶尽くしスイーツ>

セミナーといっても、会場の様子はとても和やかなものでした。お茶の手もみの実演に始まって、茶業集積都市としての静岡市の紹介、製茶問屋という仕事の紹介、そして、市内で作られた10種類以上の煎茶の試飲、合組(茶葉のブレンド)技術の実演と試飲、さらには闘茶(茶の品種を見分ける競技)など、セミナーのメニューは、お茶のプロとして仕事をしているドイツの人たちにとっても、密度の濃い内容だったようです。参加している人たちが目を輝かせながら質問し、それに答える静岡市の人たちも、うれしそうに答えていたのが印象的でした。参加した小売店から、セミナーに参加した製茶問屋のお茶を仕入れたいという声が上がるなど、今回のセミナーには一定の効果が見られたようでした。静岡市の農業政策課と製茶問屋の一行は、次のセミナー開催地であるミラノへ向かいました。

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<市内各地にお茶の小売店が点在するベルリン>

なぜベルリンで静岡のお茶をアピールする必要があるのか?

このセミナーに前後して、私はベルリンのお茶小売店やお茶のカフェに出向いて、現地の声を聞いてみることにしました。時間的な制約もあり、訪ねることができたのはわずか3か所でしたが、生の声を聞くと見えてくるものがあるものです。最初に訪れたのは、ベルリン市内にあるお茶の小売店で、到着するとまだ開店前でした。開店後に出直してみると、対応して取材を受けてくれましたが、撮影などは遠慮したいということでしたので、開店前に公道から撮影した一部の写真だけを掲載して、店の名前は伏せておくことにします。こちらの店主は、静岡市のお茶はよく知っているとのことで、実際に店内でも本山茶や玉川茶など、いくつかのお茶が販売されていました。一方で、九州や宇治のお茶も人気のようで、棚の品揃えからすると、静岡市はあくまで産地の一つとしてとらえられているようでした。

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<MAMECHAのメニューボード>

次に訪れたのは「MAMECHA」。日本茶カフェとお茶と小物のお店です。オーナーの豆谷秀敏さんは、料理の腕を生かしながらお茶の魅力を伝えたいと、6年前に夫婦で開店しました。週末の午後に訪れましたが、カフェには長蛇の列ができていて、とても取材に対応できる状態ではなかったため、夕方に出直しました。カフェでは、5ユーロ前後から食べられる定食メニューが人気のようです。煎茶や玄米茶などお茶のメニューが並んでいますが、私の目に留まったのは、店内の席で抹茶を飲む現地の若いカップルでした。聞くと、男性の方は毎日抹茶を飲んでいるということです。

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<来客が落ち着いてもほぼ満席でした>

「EUの残留農薬基準に合わない」と言われる静岡のお茶

さて、お店に並んでいるお茶を見ると、ほとんどが九州産です。静岡県内の製茶問屋から仕入れているお茶が一種類あるとのことでしたが、それでも茶葉は九州産のものではないかとのことでした。豆谷さんによると、静岡のお茶は品質的にEUで取り扱える状態になっていないものが多いとのことでした。つまり、EUは残留農薬の基準が厳しく、日本の基準ではそもそも輸入できないということです。そのような中でも、九州のお茶は比較的、ヨーロッパの輸入基準に対応しているもの、残留農薬の少ないものが多いので、市場に出回っているというわけです。豆谷さんは、これだけお茶の人気が高まっているのだから、日本がお茶の世界基準をリードする必要があるのではないかと指摘していました。

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<美しく並べられた抹茶缶>

続いて訪ねたのは「Matcha shop」という抹茶の専門店です。オーナーのFlorian Roschさんに取材の趣旨を説明すると、閉店準備を止めて対応してくれるだけでなく、抹茶を点ててくれました。店内には宇治の抹茶や霧島の抹茶が並んでいますが、静岡県内の抹茶はありません。良質な抹茶は決して安いとは言えない価格であっても需要があり人気も高いとのことです。Roschさんによれば、ドイツ人にとって大切な要素は、健康志向と安全性だと言います。安全で健康によい食品は、高くても価値があると認識されて売れるようです。静岡市のお茶に限らず、ベルリンで日本の抹茶に求められているポイントは、無農薬で安全であること、それが健康志向と出会えばますます人気が伸びるとはっきり言っていました。

国内と海外、評価のギャップをどう克服するか?

このように聞いて回ってみると、結局、静岡市のお茶は残留農薬が多いためにヨーロッパに輸出できていなかったことがわかりました。今回のセミナーに用いられたお茶は、いずれもEUの残留農薬基準を満たしているということですが、静岡市で栽培されるお茶の多くがこの基準を満たしていないことは茶業関係者の間では広く知られているようです。EUの残留農薬基準では、当該の茶畑だけでなく、隣接する茶畑でも基準以下の農薬しか使用が認められないため、典型的な静岡市の茶畑のように、山の斜面の小規模な茶畑で無農薬に取り組んでも、隣の茶畑の農薬が飛散してくれば、基準に合わないものになってしまうなど、茶畑の立地による側面も大きいということです。一方で、鹿児島など九州のお茶は、価格競争に勝っているだけでなく、行政をはじめ地域がまとまって輸出対応のお茶の生産に力を入れてきたことなどが功を奏して、現在のようにEUでシェアを伸ばしているとのことでした。静岡市の担当者はこのような課題を認識した上で、今回のセミナーで茶業集積都市としての利点を強調することで、今後の輸出拡大の可能性を広げたかったように見えました。そもそも、海外での人気が先行したというよりも、国内市場が頭打ちとなったために海外に活路を見出した面が否めない日本のお茶。今では日本の周辺の国でも、安くて品質の良い「お茶」が栽培されるようになっています。静岡のお茶は、一刻も早く世界基準の品質を取り入れて競争力を高めてほしいと願います。

【10月27日加筆】

記事を読んでくださった茶業関係者にありがたいご指摘をいただいたので加筆します。記事からは「EUの残留農薬基準を満たさない」ことが、そのまま「農薬の使用量が多い」、「残留農薬が多い」とも読み取れますが、必ずしもそうではありません。例えば、使用する農薬がEUで認められているものであって、残留農薬基準を満たしていれば、使用量が多かったとしても問題にはなりません。具体的な例をあげると、殺虫剤の使用量で見れば、緯度が低く虫が発生しやすい九州の方が静岡よりも多いということです。九州の場合は、単純に農薬の使用が少ないというのではなく、「使用する農薬を認可されているものに切り替えた」ことが強みにつながっているようです。一方、静岡市のお茶の場合、どこでEUの残留農薬基準に引っかかってしまうのかといえば、一番茶を摘み取った後、二番茶を摘み取る前に使用する殺菌剤なのだそうです。EUで認められていないこの殺菌剤を使用することで、EUに輸出できなくなってしまうのだということです。

専門家や業界関係者からすれば、記事の内容はまだまだ浅はかなものかもしれませんが、このように、一度投稿した記事を専門家の指摘によってブラッシュアップしていくことは、まさにオランダの先進ジャーナリズム「De Correspondent」で取り組まれていることです。引き続き、ご愛読のほどよろしくお願い申し上げます。